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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7334号 判決

原告 木村昌司

被告 新島順三郎 外一名

主文

被告等は連帯して原告に対し、金二十万円及びこれに対する昭和二十八年九月五日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担、その余を被告等の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分は、原告において、被告等のため、金四万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人等は、「被告等は連帯して原告に対し、金百万円及びこれに対する昭和二十八年九月五日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

訴外新島信行(昭和十六年十一月五日生)は、昭和二十七年十二月二十二日午後三時半頃、東京都墨田区寺島町四丁目二百二十一番地路上において、同路上において同路上西側にある原告方塵芥箱の傍に空壜、ガラス破片等を置き、これを標的としてこれより南方約七、五米の地点から、空気銃をもつて射撃をしていた。その際、原告は附近の少年等数名と共にこれを傍観していたが、信行が空気銃を折曲げて弾をこめ銃身を元の形に戻した途端、引金を引く間もなく不意に弾が発射されたため、その弾が、たまたま同人の東側約三米の地点に立つていた原告の右眼に命中し、原告は直ちに加療に努めたが、遂に失明と大差ない状態となつた。空気銃は単なる玩具ではなく、鳥獣を殺傷するに足りる威力を有するものであるから、通常人であるならば、これを使用するに際しては、故障の有無を充分に点検した上、極力他人のいない場所を選定し、弾をこめるときには常に銃口を下に向ける等いやしくも他人に傷害を蒙らせる等の事故を未然に防止できるように、充分の配慮をなすのが当然であるが、信行は漫然と多数の友人等の環視する路上において射撃に興じ、銃口を原告の方向に向けたまま弾をこめていたため遂に本件事故を惹起したのであり、しかも信行が当時僅かに満十一年の児童であつたことを考えるならば、信行は当時自己の加害行為の責任を弁識するに足りる知能を有していなかつたものというべく、従つて、右信行の親権者である被告等は信行の加害行為により原告の蒙つた精神上の苦痛に対し連帯して慰謝料を支払う義務がある。原告は当時中学生であつて、左右両眼共一、二の視力を有し身体強壮であつたが、殆ど一眼喪失と同然の不具者となつたことにより将来の希望を失うに至り、精神上の苦痛は言語に絶するものがある。なお原告の父は、靴下製造工場を経営して中流の生活をしており、被告順三郎はボルト・ナツト製造販売会社の社長であつて、裕福な生活を営んでいる。これらの事情を考慮すれば慰謝料は金百万円が相当であるから、被告等に対して右金員及びこれに対する本件訴状が被告等に送達せられた日の翌日である昭和二十八年九月五日以降完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるため本訴提起に及んだ。と述べ、被告等主張の事実に対し、

原告の入院中の治療費、入院費を被告等が負担支出したことは認めるが、その額は知らない。被告等が監督業務を怠らなかつたことは否認する。と述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人等は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、

原告主張事実中、原告主張の日時場所において信行が空気銃をもつて射撃をしていた際、その空気銃より発射された弾が原告の右眼に命中したこと、信行の年令及び同人と被告等との関係並びに被告順三郎の職業が原告主張の通りであることは認めるが、原告の右眼が殆ど失明同然の状態になつたこと、信行が当時自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を有していなかつたことは否認し、その余の事実は知らない。信行は朝夕諸般の出来事を見聞し、多くの刺戟を受ける境遇に成育し、且つ危険の何たるかについて家庭及び学校において常々教育されて居り、しかも運動競技については特殊優秀な素質知能を示し、学校においても級の運動部長を命ぜられた程であつて、年令十一年に似合わず相当高度の知能を有していたからすでに自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を具備していたものというべきである。

仮に信行に責任能力がなかつたものとしても、被告等がその監督業務を怠つたことはない。すなわち、信行は二、三年以前から空気銃を欲しがつており、被告等は同人より謂われるたびに空気銃の危険性を説いてはその希望を抑えてきていたから、信行も空気銃の危険性については充分認識していたが、同人は遂に自分で新聞配達をしてでも買入れたいという程になり、一方前述の通り学校においては各種の運動競技に特殊才能を示して級の運動部長にまでなり、知能及び身体の発育に目覚ましい進歩がみられるようになつたので、昭和二十七年十二月被告順三郎が信行を同伴して空気銃店に行き、操作方法につき店主より直接詳細な教示を受けさせ、特に弾こめに際しては銃口を下に向け、他人の方向に向けないよう呉々も言い含めた上、本件空気銃を買与えたのであり、更に銃と弾とは別々にして被告等が保管し、信行が使用するときにはその都度被告等に申出て銃と弾とを出して貰い、射撃は必ず成年者と共に行い、信行が単身で行わないように訓戒していた。本件事故が発生した当日は、たまたま被告等が多忙に紛れていたため、その隙に信行が空気銃を持ち出し遂に本件事故を惹起したものであつて、被告等としてもまことに止むを得なかつたものである。

仮に右主張が認められないものとして、本件事故は成年者でも予知できない全く偶発的な暴発に原因するものであるから、被告等がその監督義務を充分に尽くしても、なおこれを防止することはできなかつたものというべく、かような場合には一般に監督義務者は責任を負わないと解すべきである。

なお、原告に対しては道義上同情すべきものがあるので、原告の入院中の治療費入院費等合計金七万七百六十円全部を被告等が負担支出し原告の入院中には数次に亘り慰問品を携えて見舞をし、充分慰謝の礼をつくしている。と述べた。〈立証省略〉

理由

原告主張の日時場所において、訴外新島信行が空気銃をもつて射撃をしていた際、同人の空気銃より発射された弾が原告の右眼に命中したこと、信行は当時年令満十一年であつて、被告等がその親権者であることは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二及び第五号証、証人新島信行、同田口光一(第一、二回)の各証言、原告法定代理人木村範義、原告本人木村昌司各尋問の結果並びに検証の結果を綜合すると、原告は、当日信行が射撃をしている地点より北東約四十五度(信行の右斜前方)の方向に約三米進んだ地点に立ち、数人の少年等と共に信行の射撃を見物し、信行は北方約七、五米の地点にある塵芥箱の前に空壜を立て、空気銃をもつてこれを射撃していたのであるが、たまたま信行が銃身を折曲げて弾をこめ銃身を元の形に戻した際引金を引く間もなく不意に弾が発射し、同人が空気銃に不慣れであつたため銃口が原告の方向に向けられていたことと相俟つて、その弾が直接原告の右眼に命中したこと、原告は信行の右行為により右眼窩内出血、眼筋射創、硝子体出血の傷害を受け、直ちに日本医科大学第一医院に入院し、同年十二月二十三日第一回の手術をしたが、弾の位置不明で摘出できず、同月三十一日一旦退院し、翌昭和二十八年一月再入院し、第二回の手術を加えた結果漸く弾を摘出することに成功したこと、ところが弾は表皮から約一、五糎の深さまで達して、黄斑部孔形成を生ぜしめていたため視力は〇・〇四に落ちたまゝ外傷は一旦治癒したが、その後再び悪化し、昭和三十年四月頃より網膜剥離及び全眼球炎を併発し、視力は更に落ちて僅かに眼前の手動を弁ずる程度(〇・〇二以下)となり、現在は視力がこれ以上回復する見込がないばかりでなく、網膜剥離の状態が更に長く続くと完全に失明する危険があり、また眼球萎縮が起つて外見上も非常に醜くくなるというおそれも予測される状態にあり、引続き治療に専念していること、従つて、原告は未だ完全な一眼喪失にまでは至らないとはいえ、殆どこれと同然の状態にあることを認めるに充分である。してみるとこれにより原告が精神上多大の苦痛を感ずることは当然であるといわなければならない。

証人新島信行の証言、被告新島順三郎本人尋問の結果(第一、二回)及び検証の結果を綜合すると、前記信行は本件事故が発生した日の前々日に被告順三郎より本件空気銃を買い与えられ、その翌日始めてこれを使用したところ、空気銃が本件事故が発生したときと同様の暴発を起すことがあるのに気ずき、その日はこれを被告順三郎に預け、その翌日信行は順三郎に告げて単身本件空気銃を持つて空気銃店に修理に行つたが、その際店主は一度も試験射撃をせず、信行も亦これをせず、同人は簡単に故障が治つたものと考えて帰つてきたこと、帰宅後信行は順三郎に空気銃が治つたかどうか確めてもらうことなく、また順三郎に預けもしないで、一度はこれを自分の部屋に置いたものゝ待望の空気銃を入手して間もなくであつたため嬉しさと射撃してみたい衝動とを抑えきれず、被告順三郎から射撃は必ず大人と一諸にするように言われていたに拘らず、遂に再び単身本件空気銃を持ち出し、前記路上に来たところ、右路上では附近の少年等数名が羽根つき等の遊戯をしていたばかりでなく、右道路は繁華街の裏露地に当る幅約二、二米の狭隘な道路であつて、その西側には石垣を隔てて原告宅、東側には巾約二十糎の溝を隔てて板塀のある人家及び工場が、いずれも右道路に接して立ち並んでいるのであるから、かような場所において空気銃を使用するならば、万一暴発等の事故が発生したときには他人に傷害を蒙らせる可能性が充分にあるものというべく、通常人ならば当然にこの事情を認識して空気銃の使用を避けたであろうと考えられるのであるが、信行は何らかゝることを考慮せず、被告等から受けていた空気銃の操作についての注意をも忘れ、右路上において空気銃の使用を始めたため本件事故を起したこと、事故発生の直後同人は驚きの余りなすところを知らず、ただ原告の姉に謝罪したのみで、空気銃を自宅に置くや直ぐさま附近の友達の仲間にはいつて行つたことが認められ、右認定の事実と前記認定の信行は数人の見物人のいるなかで空壜を標的にして射撃をしていた事実及び同人は当時年令満十一年の児童であつた事実その他事故発生の前後における諸般の状況を綜合すると、信行は当時自己の行為に対する責任を弁識するに足りる知能を具えていなかつたものと認定するのが妥当であり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

被告等は信行の監督義務を怠つたことはないと主張する。なるほど前記認定の事実によると、被告等は射撃の場合は必ず大人と一諸にするようにとか、空気銃の操作方法とか、個々の点について若干の注意を払つてはいたようであるが、右事実のみをもつてしては未だ監督義務を怠つたことがないとは認め難く、かえつて、前記認定事実に明かな通り、被告等は、たとえ修理のためであつたとはいえ信行一人に故障のある空気銃を持たせたこと、更に修理後もそれが治つたかどうかを確めることなく、また空気銃の保管につき格別の注意を払うことなく、空気銃を信行の自由にさせておいたことが認められ、他に監督義務の懈怠がなかつたことを認めるに足る証拠がないから、被告等の右主張は理由がない。更に被告等は、本件事故は何人も予知できない暴発に原因するものであるから責任がないと主張するが、暴発自体は仮に何人にも予知され得ない性質のものであつたとしても、被告等がその監督義務をつくしても本件事故の発生を防止できなかつたことを認めるに足る証拠はないから右主張も亦採用する余地がない。従つて、右信行の親権者として監督の義務ある被告等は、信行の前記加害行為により原告の蒙つた精神上の苦痛に対し相当の慰謝料を連帯して支払う義務があるものというべきである。

よつて慰謝料の額について検討する。成立に争のない乙第一乃至第四号証の各一、二、同第五及び第六号証、原告法定代理人木村範義、原告本人木村昌司、被告本人新島順三郎(第一、二回)各尋問の結果を綜合すると、原告は事故当時満十三年(中学一年生)で左右両眼一・二の視力を有する健康な男児であり、原告の父範義は約十五人の使用人を擁してメリヤス製造販売業を経営していること、被告順三郎には妻及び子供三人の家族があつて、女中を使用し、被告順三郎は友人、親戚等と共に一般金物、ボルトナツト類の卸販売会社を経営し、その株の約四十パーセントを自ら所有し、現住居は借家であるが、他に倉庫一棟、預金約十数万円を有し、月合計約五万円の収入があり、本件事故発生後、原告の入院中の治療費、入院費合計金七万七百六十円を全部負担支出した外、屡々見舞に行つたことが認められ、右の事実と前記原告の傷害の部位、程度その他諸般の事情を斟酌して、当裁判所は慰謝料は金二十万円が相当であると認める。従つて、被告等は連帯して、原告に対し右金二十万円及びこれに対する本件訴状が被告等に送達せられた日の翌日であること本件記録に徴し明白な昭和二十八年九月五日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤原英雄 輪湖公寛 山木寛)

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